【頭の中で考えすぎてしまう人にオススメ本】「ブッダが教える愉快な生き方」
今日は最近読んだとっても刺さった本をご紹介します!
ありのままを受け入れる坐禅
皆さん、坐禅と聞いてどんなイメージが湧きますか?
途中で居眠りしそうになり肩をばしーんと叩かれる、長時間正座していないといけない、など「苦行」のイメージを持っている方がいるかもしれません。
(私がそうでした)
本には、坐禅の本質はそのような苦行ではないと書かれています。
何かを求めようとせず、現在に何も足そうとせず引こうともせずおおらかにのびのびと坐る。
私たちはつい未来のことを考え「理想の状態」「目標」に向かい自分をコントロールしようとしてしまいます。
筆者は本の中で、将来のことや過去のことにばかり心が向くと、今ここで実際に起きていることがほとんど体験できなくなる、と問題提起されています。
世界を直接的に体験して自分の人生を自由に生きるのではなく、頭の中に作った物語を繰り返し生きることになってしまいます
私この文章にはっとさせられたんですよね。
例えば子育てで「将来どうなって欲しい」など先のこのばかり考えていては、この瞬間しかない子供の今を見逃してしまいます。
外を散歩するとき、今日のToDoばかり考えて歩くのと、意識を今歩いている自分に集中させるのとでは、見えてくる景色が全く違います。
目覚めるということは、そのような思考の世界からはっきり覚めて、現実にしっかり足をつけて生きるということでもあるのです。
先のことばかり考えるのではなく、思考の世界から抜け出し、今この瞬間に出会うできことをもっと味わおうと思えました。
悩みは「そのままに置いておく」
本では、生きている本来の「自己」と頭が作った思考や感情で悩む「自我」があり、あくまで「自我」は小さくて枝末にあるものであり、自己に軸足を置いて生きなければいけないと書かれています。
筆者は悩みがあるときに草取りの修行をしていると、いつの間にか気分が晴れていった経験があるそう。
この経験から、現実世界で働いている自分のほうが、思考や感情で悩んでいる自分よりずっと「大きい」と気付きます。
私たちはつい悩みがあると、それが自分の全てだと考えてしまいがちですが、そのように悩んでいる自分はあくまで大きな「自己」の中の一部だと筆者はいいます。
思考や感情などの悩みを、単なる心の出来事として、それ以上でもそれ以下でもなく、そのままに置いておく。
悩みがあるときは、無理に解決しようとせず、心の一部の出来事として「ただ置いておき日々を過ごす」が大切なんですね。
解像度の高い眼を持つ
本の中では「愉快に生きる」コツとして解像度の高い眼で物事を観察することが提案されています。
紹介されているのが「苦しみ」。
「苦しみ」の解像度を上げて分解すると「苦しみ=痛み×抵抗」となります。
身体的な痛みを感じた時、痛いと感じるのに加え「嫌だな」などの思い(=抵抗)があり、苦しみが倍増することがあります。
痛みはそのまま受容し「抵抗」を弱めるよう努めることが苦しみを減らす適切な対応だと考えられます。
また「幸せの式」は「幸せ=快楽÷執着」。
快楽に対して執着の度合いを上げると幸せの度合いが減ってしまうことを表しています。
これらは例だと思いますが、ここからいえることは、出来事は出来事としてありのまま受け入れ、それに対する自分の「反応」次第で苦しみは減るし、幸せ度合いもあがるということだと思いました。
(世界的ベストセラー「7つの習慣」にも、刺激に対して反応を選択することが大切と書かれており、繋がっている部分がありますね)
自分ではコントロールできない「出来事」ではなく、自分の心の反応を意識していきたいと思いました。
おわりに
今回は「ブッダが教える愉快な生き方」という本を読み感じたことをまとめました。
つい頭の中で未来のこと、過去のこと、色々と考えすぎてしまうのですが、そうしているといつまでも「今」を楽しむことができません。
あれこれ思考している自分はたまには横に置いておいて、現実の世界の「この瞬間」をゆっくり味わう時間をとりたいと思えた本でした!
気になった方は是非読んでみてください♪
ここまで読んでくださりありがとうございました。